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社長メッセージ

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生産拠点の移り変わりの物語

縫製工場は、まず働き手がいる、そして他の産業がまだ育っていないという場所に立地しています。日本国内では都市部から地方へ、地方から片田舎へと生産できる場所に次から次に工場を造って生き延びてきました。ですが、とうとう国内での生産が難しくなり、弊社は1993年に中国へ進出しました。進出した当初は人も多く集まり(当時は人件費が日本の25分の一でした)、中国人は手先が器用で、臨機応用ができる、とても優れた人たちだったので、時代の後押しもあり、10年ほどはとても良い時期でした。ところが、中国の驚異的な経済成長で人件費が上がり、だんだんと縫製工場に人が集まらない状況になってきました。

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弊社では中国に進出した2年後、ベトナムへの進出を模索しながら、中国とベトナムを行き来していました。そして2000年にハノイから南東100kmの場所(当時はベトナムでも賃金の低い地域でした)に工場を造りました。当初は、人が大勢いる、賃金は安い、周辺に他工場は無いという3つの恩恵がありましたが、逆に進出するのが早すぎて仕事を受注できず、7年間は中国で儲けた利益を、全部つぎ込み、これ以上続けたら、全てを失うことを覚悟しなければならないほど、瀬戸際に立たされていました。が・・・・・

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撤退寸前に、「ポストチャイナ」で風向きが変わり、今日に至っています。しかしながら、ベトナムの経済発展は目覚ましいものがありますので、時流を見極めながら次の拠点づくりを進めていくつもりです。このように縫製工場は情勢に応じて次から次へと、生産拠点を移していくのが宿命ですが、弊社は変化を恐れずここまで進んできました。

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良い売り場を持ったメーカーが、直接工場と取引をすることで、売れ筋商品を良いタイミングで作り、消費者に提供していく。こだわった商品をメーカーと縫製工場が一緒になって「ものづくり」していく。消費者が求める商品をメーカーと縫製工場が現場で互いに知恵を出し合い、工夫を凝らしながら作っていく。これまでのお取引だけでなく、新たな協力体制を互いに築いていけることができたら一番だと考えます。

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弊社が携わった商品を手に取られたお客様の「これは優れものだ」との感想が人づてに聞こえてくれば、最高な気分ですね。

代表取締役 政井道